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交流推進委員会の村手洋之君にお聞きしました。
誕生日、血液型を教えてください。
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昭和42年6月6日生まれ、AB型Rh+です。
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| 趣味はありますか? |
カメラ 自動車 オーディオ 時計 パソコンなどの機械いじりと収集 歌舞伎 音楽
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| なぜ青年会議所に入会しましたか。 |
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昭和39年から18年間父が在籍し、職業柄JCの皆さんとのつながりが大変身近にあり、子供ながらにJCって楽しそうだな〜と感じたこともしばしばありました。
陶器まつりの時に当時はチャリティーセールといって陶磁器の半端物(?)を譲り受け、メンバーで販売して売上金を福祉のために寄付をしていた事業があり、そこでサンテナの上に乗って大きな声を出して売ったりしてたことや、第1回の青空広場では大声大会、くろんぼ大会で優勝したり、家族会で白馬へ行き当地で釘が足の裏に刺さって救急で市街の街に連れて行かれたことなど、実は父との思い出のほとんどがJCの中での事でありました。
そんな子供時代を過ごし、ごく自然にJCが生活のなかにいつも存在していたこともありいつかは・・・と思っていました。
その後東京で家業の修行を終えて帰ってきたときに安養寺の小島先輩に声をかけていただき、両親の薦めもあり入会させていただきました。
設問の「なぜ」といわれれば、「夢でもあったし、タイミング良くお誘いをうけたから」が一番適切な返事でしょうか。。。
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| 青年会議所で、苦労したことは何ですか。 |
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全てかな?JCに居る時間はいつも何に於いても苦労していました。ただ強いて言えば時間を作ることが一番かも知れません。だいぶ何とかなるようになりましたが中々思うようには行きませんね。
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| 青年会議所に入会して良かったことは何ですか。 |
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こんな事を申し上げるとちょっとやそっとでは終わりませんよ。良いことだらけです。際限がありません。それはいつもJCは自分を鍛えてくれて、がんばればちゃんとご褒美をくれる。この仕組みが絶対に崩れない。そんな空間、環境だから良かったことはいくつもどんなにもあるからです。
私は「人間」(ひと)が好きです。一人では何もできない弱い者だから余計とそう思うのでしょうが、人に支えられて、また支えようとする。一生懸命打ち込んでギラギラと眼を輝かせてがんばっている。年甲斐もなく涙する。そんなシーンをいくつも幾度も目にできたことで、私自身も心が温まり、かつ自分もがんばろうと奮起する素となったことは、実務的な能力(スキル)の向上がはかれることとともに非常に良かったことだと思っています。
一生の友人と成り得る仲間を得たことも良かったことですね。死ぬまで仲間で居たいと思う人が先輩後輩とわずJCには沢山います。
もう一つ、まちに対して使命感をもてたことはJCならではではないでしょうか?私のとってのまちづくりは今後もまだ続きます。そういう感覚はきっと入会しなければ持ち得なかったような気がします。
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