多治見少年少女合唱団は多治見青年会議所の提唱により1973年7月に創立されました。その発端は前年に時の理事長が裾野JCの認証伝達式に出席した際に児童合唱団による歌声に感動し、多治見の子ども達にも我がまち、我がふるさと多治見に少しでも強い愛着心を抱いていただくための一環として、多治見も児童達による合唱団を結成したらどうかと提案されたことでした。
立ち上げにあたっては、長い検討期間のなかで運営の永続性、指導者の人選、練習場の確保などが協議され、何より児童を対象とした合唱団であることから地元教育関係者の支援体制つくりに努力され、当初80人の子ども達によるスタートでした。
翌年10月に第1回定期演奏会を多治見市民センター大ホールで開催し、以後毎年の定期演奏会はもとより、各地の合唱祭・合唱フェスティバル、夏季合宿などの活動をしてきました。多治見青年会議所も全面的にバックアップし、また発表の場として青年会議所の対外的な公式行事(周年事業、会員大会等)にも出演していただきました。その後団員の父兄を中心とした育成会が組織され活動を支援するようになってきました。
1980年ころを境に活動の範囲も大きく変化し、著名な合唱指揮者の指導を受けることや、模範となる全国有数の合唱団との共演などを経験し、内外に評価を高めていきました。また多治見少年少女合唱団として初の委嘱作品「小さなパレット」は1984年に初演されております。1986年には国内でもっとも著名な合唱指揮者の一人である東京混声合唱団の田中信昭氏との出会いを得て、飛躍的に実力を伸ばす大きなきっかけとなりました。
1992年9月にはグロスマン賞コンテスト(於東京国立芸術劇場)が初めて国内で開催され見事部門金賞を受賞、1993年には創立20周年記念として多治見市の姉妹都市である米国テラホートにおいて演奏しました。
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